あわじの今日このごろ。

バリバリ現役高校生。社会はこれでいいの?高校生はこのままじゃだめだろ!古い考え方を変えてけ!をモットーにブログを書いてます。日曜日には自分語りをしてます。

文化のあり方

f:id:longdanlu:20181115210800j:image

原爆Tシャツの件。

 

非常に不愉快だ。

私はK POPについて詳しいわけではないがあのBTSというグループの名前ぐらいは聞いたことがある。

神聖な甲子園で始球式をしていたと考えると余計に腹がたつ。

自身がメディアに露出するような存在だということをわきまえて行動していただきたく思う。

彼らの行動が韓国人の総意であるととられても仕方がないんですから。

 

まず、彼らにとって日本はビジネスのフィールドであるにもかかわらず、よくもまああんなTシャツを着れたなというところ。

頭おかしいでしょ。

 

私は正直彼らの言動を許すべきでないと思う。

あの凄惨な事件を軽視したような態度がどうしても許すことができない。

歴史的な見解からしても、原爆投下は人類史上最悪の人災といっても過言ではない。

それを嘲笑うとは何事か。

 

ファンもファンだと思う

たとえ好きであっても物事の分別はつけるべきだ。好きな人が言っていること、やっている事の全てが正しいとは限らない。

 

 

まず文化人である彼らが政治的な面で関与していくのはお門違いである。

スターなんだろうけど勘違いも甚だしい。

 

どうしてもこれだけは言いたいのだが、文化政治は絶対に入り混じってはならない。

 

尖閣諸島問題で中国は無茶苦茶なことをするけど中華料理は最高でしょ?

 

でも、中華料理屋尖閣諸島は中国のものだ!みたいなポスターが貼ってたり、そういう雰囲気を醸し出されたりしたら敬遠したくなる。

 

良いものは良いし悪いものは悪い。

そのへんの分別はつけたい。

 

だからこそ、文化人である彼らが政治的な意味合いのこもったTシャツを着てしまったことに私は憤りを感じる。

 

その上、これが初めての事例でないと言うのだから驚いた。

ナチスマークの入った帽子を着用するなど過去にも様々なトラブルがあったようだ。

 

日本某アイドルが見方によってはナチスととられる衣装で叩かれていたがあれが生ぬるく感じる。

 

一つ言っておくが私は別に反韓ではない。

むしろウェルカムでありたいと思う。

 

がしかし、今回の問題はそれとは別だと考えている。

原爆を肯定するしないの次元での話なので。

 

光復節というものがあることも知っているが、それにこじつけて原爆を使ってもいいかと言われればそれは違う話だろうと言いたい。

 

歴史の教訓に背く彼らにあえてこの言葉を投げかけたい。

「過去を忘れた民族に未来はありません」

 

じゃあ今日はここまで。また明日。

 

君の間違い。

f:id:longdanlu:20181114211905j:image

努力 

[名](スル)ある目的のために力を尽くして励むこと。

勘違いしている人が多いので一応言っておくが、この言葉は別に人に評価されるためにある訳ではない。

あたかも自分だけが頑張ってますよという感じで話す人がいるが実に不愉快だ。

人にペラペラ話すような努力ぐらい誰でもしてる。

 

しかし、見えない努力という言葉があるがそれはあくまで結果が出た人に対して言える言葉である。

 

努力は自分がやりたいことをやって、そのあとについて来る目的ありきの言葉。

これは自然でなくてはならない。見せるためのそれを努力とは言わないと私は考える。

 

かといってどこからが努力かの基準があるわけではない。

人それぞれ基準値が違うので人のそれを馬鹿にする行為はよした方がいいし、人の全力を嘲笑うかのように振る舞う人はもう一度自分を見直すべきだ。

 

こだわりを持っているわけでもない量産型高校生に私は意見し続けるわけだが、こだわりのある人に対して、自分の価値観の中で決めつけて批判することはとても愚かな行為である。

それは三流のやること。

 

一流は違う。

仰木監督イチロー選手の話プロ野球「師弟の絆」裏物語 第1回イチローと仰木彬の「唯一無二」(2)“自意識過剰”なルーキー時代 | アサ芸プラス

もそうだが、時には人やり方を信じることも大切であると一流は理解している。

 

また、イチロー選手は完全に努力の人である。

若手選手よりもはやく球場に入り、誰よりも長いアップを済ませる。

打席に入る時のルーティーも大切な時間である。

パフォーマンス向上のために淡々と自分の世界に入り込むその姿こそ努力と言えるのではないかと私は感じた。

やはり成功者努力を重ねる。

もしかするとそれを努力だとは思っていないのかもしれないと感じるほど冷静かつあっさりとした努力を。

 

私はそれがかっこいいし、憧れるけどそう簡単に真似できるものでもない。

 

確固たる意志 が必要だ。かっこいいけど

そこまでして得たいもの感じたいことを探していかなくちゃならないと思った。

 

じゃあ今日はここまで。また明日。

人は死ぬ。

f:id:longdanlu:20181113200853j:image

2018年も後50日を切っている。

今年もたくさんの著名人が亡くなられた。

日本で言えば役者の樹木希林さんや元プロ野球選手の鉄人衣笠祥雄さんといった大御所が亡くなった。

世界的に見れば「ダバダバダ…」のスキャットで知られるフランス映画「男と女」の主題歌を作曲し、世界的にヒットさせたフランスの作曲家フランシス・レイさんなどだろうか。

 

いくらスーパースターであっても我々と同じ人なのだからいつかは老いるし、いつかは無くなるときがくる。

 

ひとときの輝きを放つからこそ人は人に魅了されるのだと感じる。

 

 

これからはもっと寿命が延びて人生100年の時代に突入すると私は予想する。

 

今でもに比べて寿命は遥かに長いように思う。

しかし、それは人本位の考え方であって、地球規模で考えてみると地球が今まで歩んできた46億年と比べてみれば我々が生きる100年はごく短い期間である。

 

100年生きられるといっても100年元気にアクティブにという訳にもいかない。

現在日本人の平均寿命約83歳だが健康寿命となると10歳は下回る。

夏に亡くなった私の祖父は84歳だったが認知症を患って10年の間治療していた。

 

高校生の僕が元気にやれるのは今からあと半世紀とちょっとってところか?

人それぞれだけどね。

 

流石にこの年から最期の時のことを考えて生きてらんないけどいつかは迎えるそのときまで全力で駆け抜けたい

 

 

それはそうと、前回の投稿の後にブログの読者登録数100人を突破しました!

 

ちょっと最近は忙しくて休みも多いんですけどこんな稚拙な文を読んでいただいてることに感謝しつつこれからも書いていこうかと思います。

みなさんの閲覧、登録やる気と活力に繋がりますので是非登録してください。。。

 

どんどん書くにつれて、コツを掴んで来てるような気がしてますので今後にも期待していただければと思います。

 

じゃあ今日はここまで。また明日。

お疲れの週末は餃子

f:id:longdanlu:20181111180351j:image

土曜日の授業をすっぽかして前にこのブログでも書いたスターゲートのボランティアへ泊まりで行ってきました。

11/10開催! STAR GATE 2018‼︎ - あわじの今日このごろ。

第一回目ということもあってなにもわからない状態だったし中々過酷でしたが、規模が思っていた以上でかなり楽しめました!

 

夏会った人達が多かったから「お久しぶりです!」って何回も言った(笑)

 

ケニアフェアトレードの商品が出ていたブースではるまさくんとしのちゃんに押されて買った象の骨のネックレスも割とお気に入り。

 

次回はさらに深く携わっていけたらなと思います。

兵庫の佐用にはご縁があって大学生になってからもガンガンお世話になりそうです。

関係者の皆様何卒よろしくお願いします🙏

 

さぁ、また明日から学校。

やりたいことをやるために考える時間はとても大切ですが、机上の空論で終わってしまっている人が多いような気がしてならん

 

だから、私は今日すぐに各所に連絡して次に向かって進んでいこうかなと思います。

今回で大きな収穫もあったんでね。。。

鉄は熱いうちに打つに限るやん?

頑張りつつ楽しみつついきましょか。

 

帰りの電車でこれ打ってたら酔ってきたし、今から友達と餃子食べに行くから今日はここまでで許してください。

(今週は2回休んだ。)

また明日。

 

遺伝子なんて放っておけ。

遺伝って怖い。

容姿の面とかそんなんじゃなくて、内面の話なんですけどね。

 

何でもかんでも遺伝のせいにできちゃうじゃん?

 

ガサツとか心配性とかマイナスイメージな一面を「母親もそうなんだよね。」とか「遺伝やから仕方ないやん」みたいな感じで言う人が多いように感じる。

遺伝子のせいにしてもいいのか?

自分のせいではないのか?

あなたが意識してきちんとすればいい話ではないのか?

 

何でも遺伝子のせいにするならば

英語教師の息子は英語がペラペラ、プロ野球選手の息子は必ずプロになるようなそんな世の中だということになる。

 

そんな世の中だったとしたら私のような凡人逆転の可能性はないということになってしまう。

 

もちろん今はそうではなくて、凡人でも努力次第で逆転できる世界である。

 

英語教師の息子は必ずしも英語がペラペラということでもなく、プロ野球選手の息子が必ずうまいわけではない。

手本となる存在が近くにいることはかなりのメリットであるが、俗に二世と呼ばれる彼らの努力や感じるプレッシャーは人並みではないと私は思う。

 

努力を惜しまなかった人に対して遺伝子才能の一言で済ませてしまうのは大変失礼な行為なのではないか。

 

科学的に遺伝はある。

仕組みはまだ完璧には解明されていないだろうが、前頭葉の中身80%は遺伝によって構成されていると言われている。

 

でもさ、それをいっちゃうとそこまでのような気がして怖くないか?

 

僕らの何倍も偉い学者さんたちが集まって何年もかけて研究しているのにまだわかりきってないようなことを考えているがあるならば、あなたは言い訳をやめて前に進むべきではないか。

自分の出来ないことを他人のせいにするな。

自分ができたことを他人のおかげと思うな。

 

私の好きな"funny bunny"という歌

Funny Bunny

Funny Bunny

の歌詞に「君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ。風の強い日を選んで歩いてきた。」という部分がある。

 

まさにその通りで、なにかを成し遂げているのは自分なのだから日本人はもっと自分に自信を持つべきだと思う。

とてもいい曲なので一度聞いてみてくださいね。

 

じゃあ今日はここまで。また明日。

ないものねだり。

f:id:longdanlu:20181108204652j:image

欲望はあるか?

自分の努力じゃどうにもできないような欲望

全てをほしいままにしてきた人など今までにいないだろう。

 

人それぞれ欲しいものもやりたい事も違うけど、歳を重ねて、道を歩いて行くにつれてどんどん選択肢が限られてきていることに気がついた。

いってもまだ18歳だけど(笑)

 

私は今は今の理想の方向に進んでいるんですけど、小学生の頃はプロ野球選手になりたかったし、中学とか高校の前半は教師になりたかったし。

 

まあ教師にはまだなろうと思えばなれるけどプロ野球選手にはもうなれない。

 

どうしても超えられないがあるわけですよ。

 

あんまり諦めるの好きじゃないんですけど明らかに超えられない圧倒的に高い壁っていうのは自分の心の中で決別した時にできるんやろうな。

 

諦めない人が必ず夢が叶うというのは間違いだけど、叶えた人は諦めなかった人だと思う。

 

プロ野球選手とか普通に無理やって諦めたもん。

残念ながら、今日よりも明日の方が選択肢は狭い。

時が過ぎても選択肢は復活しない。

 

どう頑張っても取り返せないものってあるから人は今を懸命に生きることができるし、今起こっていることに一喜一憂できるんだと思う。

 

それに、私は人にはそれぞれ何らかの使命があると考えています。

となると、自分の選択肢から消えた道はあなたが行くべきではない道だと考えられないだろうか。

 

ということは、あなたが今進んでいる道はあなたが進むべき道だと思わないか?

ないものを欲しがる必要はない。

あなたにはあなたの良さ、私には私の良さがあるから。

 

そう思えば気楽にやっていけそうだと思いません?

 

だから、他所から何を言われたとしても自分が順調に進んでいると思っていればそれで良いと思うよ。

 

もう少し自分本意に生きてみれば楽しいはず。

 

じゃあ今日はここまで。また明日。

 

 

 

 

本は強い。

f:id:longdanlu:20181106201401j:image

本を読む人とそうでない人では知識量に差がつく。

よりそう思ったのは放課後に教室で「みんなで早押しクイズ」というアプリで早押しクイズのオンライン対戦をした時である。

一般常識雑学を問われるこのクイズで一般的な知識がない人があまりにも多いということを痛感した。

自分のしょぼい知識だけでも無双できるのだからよっぽどである。

 

昔から本だけは与えてもらっていたので今になっても読む機会こそ少し減ったが本を読むことは全く苦ではない。

 

若者に関していえば

本離れという現状は理解している。

むしろ、離れられても仕方がないと思う。

スマホがここまで普及すると、通勤通学時に電車の中でをつぶすのにを読む人の数も減っているに違いない。

アプリゲームSNSの方が若者にとっては楽しいもの。

 

そんな中でも私は新書を超えるような優れていて判断しやすい情報収集法はないように感じている。

代替のツールがあれば本離れはわかるがそれがないにも関わらず

ただ読まないのはなぜなのか。

本当に理解ができない。

 

私の学年なんかもう18歳になった人が半数以上ですから選挙権も取得しているにも関わらず、そんな中途半端な知識でよく一票を投じれるなと思います。

 

もちろん、自己投資せずともテレビがあればそこから情報を得られるし、スマホPCからでも有益な情報はたくさん手に入る。

 

でもやっぱり大量の情報の中から真に価値のある情報を見つけ出し、それが正しいのかどうか判断できるほどの目は普通の高校生にはむずかしい。

 

そうなるとやはり、お金を払って信頼のある著者の本を読むことが一番いいように感じる。

 

読書は読み始めるまでのハードルが非常に高い。

しかし、いざ読み始めてしまえばたちまちその魅力圧倒されるだろう。

 

新書とかお固い系は苦手という人は小説からでもいい。

読む習慣、癖付けは必要。

一杯のフラペチーノより一冊の本を合言葉に若者の本離れを解消したいものだ。